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活動報告

東日本大震災の爪痕

東日本大震災の爪痕

東日本大震災が発災して2年、東北の状況を確認してきました。

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↑車中から一枚

東北はまだまだ復興していません。
私が見てきた限りではやっと、落ち着いてきて業者がまずはがれきの撤去を始めたというところです。

一つ問題になっているのは撤去する瓦礫をどう処分するのかということです。
わたし達の住む高岡市でも少ないながらも瓦礫の受け入れを始めました。
高岡市としては、安全を確保したうえでの受け入れです。住民の皆様には大きな被害はないものと考えてのことです。

私は東北後に訪れこの姿を見て改めて瓦礫の処分の受け入れはぜひ日本全体で考え、受け入れできる地域で積極的に受け入れていただき処分すべきだ。と、改めて思いました。

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↑重要無形文化財に指定されている造り酒屋の男山本店の3F部分

気仙沼のランドマークの一つにあげられる男山酒造本店の建物。
文化財ということもあり、簡単に撤去するわけにもいかないのだろうか。
元々この建物は3階建で、1F部分には自動車も入る大きく口の空いた店舗スペース、2F~3Fは事務所スペースだったのだろうか。
写真のとおり、1~2Fは見事になくなり、3Fと屋根だけがのこっている。
それにしても、発災時の衝撃がどれだけのものだったのか物語るようである。

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↑気仙沼漁港にて

気仙沼漁港は発災時、甚大なる被害を受けた漁港の一つである。
この船は津波で打ち上げられたものだそうだ。
こんなにも大きな船が陸地に流されたのである。
地域に住む皆様は如何ほどの恐怖を感じられたのか、胸が痛むばかりである。
普段は明るくふるまう私だが、この時ばかりはあまりの衝撃で笑顔は出なかった。

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↑佃煮屋さんのおやじさんとおかみさんたちといちまい

発災してから少しでも早く復興をと、いち早く佃煮屋さんを再開されたケイさん。
発災時は本社ビル3Fに従業員と共に非難して難を逃れたとのことです。
その後は事業再開を一刻も早くを合言葉に、従業員と共に頑張ったそうです。
人情味あふれるおやじさんとおかみさんに私も亡き親父を思い出した次第です。

人の温かい笑顔、いつも通りお店が開いている。
極限の状況下では普段の生活で当たり前すぎて意識もしないことが心にしみわたることがある。
おかみさんは私達がお店を開かねば地域住民の皆様が不安になるとかんがえ、お店を少しでも早く再開できるよう努力されたそうだ。
おかみさんとおやじさんには頭の下がる思いです。

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↑道路と瓦礫

この写真は私たちが住む高岡市と同じ国、日本です。
消して夢の島でもなければ処理場でもありません。
どこか遠いアジアの国でもありません。
この瓦礫をみて何も感じませんでしょうか?
ここだけではありません。東北のいたるところにこのような瓦礫の山があるのです。
東北地方だけで処理していたらいつ終わるのか。。。
東北も北陸も日本なのです。
私たちの国は私たち国民全員が一致団結して、美しい国日本を作っていかなければならないのではないでしょうか。
そう考えさせられました。

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↑道路の被害状況を見る

私の足は決して長くない短い脚ではありますが、私の脚ほどの高さまでずれております。
大地がここまで揺れて動いたのです。
当時の皆様を察すると。。。本当に胸が痛みますし、早く復旧復興をしていかねばならないと思いました。
私達高岡でなにができるのか考えていかねばなりません。


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